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2017年5月

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ブログ

2017年5月15日 (月)

久々のインクの吸入

万年筆を握るのは、どれくらいぶりだろう。

原稿を書かないから、万年筆のインクが無くなっている。

週3回のブログは、今年の1月25日「最近の心配」で終わっている。

次からは週1回にして、この5月まで来てしまった。

久々に万年筆を出し、インクを吸入する。

前回に書いたかどうか忘れてしまったが、8本の万年筆はそれぞれインクが違う。

それぞれにインクを入れながら想い出にふけっていたら、1本色を間違って入れてしまった。

以前だったらきちんと洗い、元のインクを入れ直すところだろうが

色が混ざり合って綺麗かも、と怠惰な自分に驚いてしまう。

何か神経が通っていないのかも。

9年間週3回書き続けたブログが段々最後を迎える。週1回だと、あと8回で終わることになる。

数々のブログにも想い出があり、最終回は何を書こうと考えてしまう。

今日は何となくインクを入れ書こうとするが、昔のように万年筆が動いていかない。

おかげさまで原稿一枚は書けるが、続けると右手の親指の付け根が痛くなる。

デッサンも柔かい鉛筆に変えても1時間は持たない。

まぁ自分の不注意で怪我したのだから仕方がない。

今日もまたブツブツ言って終わるような気がする。

2017年5月 8日 (月)

残りの原稿

あと数原稿を書くともう終わりと思うと、よく頑張ったという気持ちと、淋しさと・・・

何とも言えない気持ちで一杯になる。

僕はデッサンとか絵があり、それに文章を書いていたのが主であったが

最後の頃は、特に手を怪我してから、デッサンとか絵が思い通りに描けず困った。

この時僕は、デッサンから文章を想像して書いていたのだな、と感じた。

あのBARシリーズ、デッサンが無ければ文章は生まれて来ない。

「美しい妖精達」、その美しさに惹かれて彼女に声を掛けようと思うことが、それが文章になる。

だから、「文が生まれて挿し絵」ではなく、「美しい妖精達」が居て、文が生まれて来る。

あの時、右手を怪我しなければ・・・と思っても、もうどうしようもない。

時間を掛けて元の僕に戻せねば。

その時、見る目も、妖精達も変わっているかもしれない。

妖精が待っている相手だと、もっと喜ばしいのだが。

スウェット族、クラゲ族、「衣食住から食う寝る遊ぶ」、時代の変化を楽しんだ文章。

そして続き物で「アイアンマン はるかなる夢」「シャルル ジュルダンよもう一度」「書生生活」

文も書いて楽しんだ。

しかし次はどのような時代になるのだろう。

どんなに変わろうとも、僕は妖精達とは一緒に居たいと思う。

2017年5月 1日 (月)

万年筆

僕の文章は万年筆で書くことが常である。

しかし飛行機の機内とか、新幹線の車内ではボールペンである。

何故かと言うと、気圧の変化により、万年筆のインクが漏れる恐れがあるからである。

しかし一番愛用のモンブランの万年筆はよくインクが漏れる。

使用する前にティッシュペーパーでペンとペン先の間とキャップの中を必ず拭き取る。

必ずというのは、毎回インクが漏れているからである。

これはひょっとしてひびが入ったとか、壊れてしまったのかと思うだろうが、

銀座の伊東屋さんまで行って修理をする気はない。

その使用する前、掃除を楽しんでいるからである。

その掃除こそ「これから書くぞ!」という元気なのであろう。

だからその元気を愛しているのだ。

今日も掃除をした。そうしたら雨が降ってきた。

せっかく掃除をして気が高ぶってきたのに、雨で気持ちが落ち込んできた。

このような時は他の万年筆のインクの補充やら掃除でもしようか。

万年筆はペリカンの太めと細めがあり、

前者はブルーブラック、後者はトルコブルーが入っている。

他には万年筆は黒、茶、紫、ロイヤルブルーが入っている。

僕はインクはロイヤルブルーの色が一番好きだ。

2017年4月24日 (月)

車の修理は、よくディーラーに持って行く。

今日もまた、運転席側のドアガラスがスイッチひと押しで降りたきり上がらない。

僕は変な趣味があって、車は絶対に国産車で、銘柄はホンダである。

もうホンダ車は何台目であろう。

初めのころのホンダ車はシビックでマニュアル、

そのマニュアルがオイルで操作するのではなく、クラッチワイヤーであった。

年に1回はそのワイヤーが切れるので、予備を1本持っていた。

その切れる瞬間って本当に空しい。

クラッチペダルを足で踏み込むとクラッチのペダルが上がって来ないのである。

気憶を辿れば、ニュートラル状態だ。

後はどうすることも出来ない。車を押して道の端に寄せ、JAFを呼び近くのディーラーに持って行ってもらう。

都内ならよいけれど、山の中だとどうするのかとそれを思うと今でも怖い。

昔の窓の上げ下げも、電動でなく上げ下げするハンドルをクルクル回して窓ガラスを上下させる。

ある時そのハンドルを上下させていたら、窓が上がらなくなり、ドアの中に落ちてしまった。

雨降りの日ではなくてよかったが、次の日ディーラーに行った。

まず愛用するのが国産車であるというのは、部品が手に入りやすいこと、修理も手軽に出来るということ。

外国の車だと昔はさぞかし大変だと思う。

故、僕は、シビック、シビック、シビックRS、シティーR、アコードエアロデッキ、アコードUSワゴン、オデッセイ、

オデッセイプレティージュ、シビックタイプR、オデッセイアランリュート、S2000、ステップワゴンスパーダ、

とホンダ車を愛している。

オートバイには乗らないが、当初のシビック等はクラッチワイヤーでオートバイ感覚であったのであろう。

しかし、楽しませてくれてありがとう。本田宗一郎氏にお礼を言いたい。

車は壊れて当たり前なのだ。これを読んでる貴方も、具合が悪い時病院に行くでしょう?

2017年4月17日 (月)

とにかく7月

このブログが始まった9年前の7月14日は巴里祭の日だ。

丁度ツール・ド・フランスの真っ最中では、と記憶している。

今では原稿数は1000を超えていることだろう。止めると決めたら、気が楽になった。

しかし、これを書く万年筆はどうなるのだろうか。

これからは手紙を書いて楽しむかな。ついでに挿し絵を付けて。

しかし、小さい絵というのは描いたことがない。小さくても四六版半切(788mm×545mm)だ。

今年の7月14日の後は、どのような生活が待っているか、楽しみでしょうがない。

まず原稿用紙とペンを持ち歩くことはない。常にデッサンを描き、文章を考えることもない、

物に追われない生活。

3月頃から1週に1ブログくらいにしている。

週に1ブログだと、追われるということもないかも。

しかし僕の原稿は講談社様の「Style」に入稿していた頃から、1年分は先に書いていた。

このブログも半年後を予想して書いていた。

この文章がブログとして載る頃には、最後の原稿を書き終えて、一杯やっていることだろう。

2017年4月10日 (月)

もしも もしも もしも

もしブログを止めたら、この万年筆はどうなるのだろう。

使用せずに放置されるのであろうか。

もし煙草を止めたら、このイタリー製の灰皿は、ダンヒルのライターは、

無論パイプ達、何箱もある葉巻達。

もし年を取って乗れなくなったバイク(自転車)達、人にあげてしまうのであろうか。

絵を描かなくなったら、このパレットや筆達はどうするのであろうか?

いやいや、この洋服達、仕事をしなくなっても、スーツを着てキャフェに行くのだろうか。

洋服なんて、1日3回着替えてもまだ足りない。

靴はどうする。最後はスニーカー等履いて、革底の靴はもう履かないのであろうか。

もしも、もしも、もしも、次シーズンの為に取り寄せている布はどうするのか。

今、そんなことは決めることではない。

自分は最後に病院に行く為の服を誂えなくてはならない。

どのような服で病院に行くのだろうか。

婦長さんへの花束を抱え、ゆっくりと救急車から降り、階段を登る。

その時風が吹いて、軽いビキューナーのコートが風に靡(なび)く。

最後もやはり美しくいたい。

2017年4月 3日 (月)

それから先のことは

このブログは何時からスタートしたのだろう。

あのテルースブランドを紹介する為。

その為に文章を書き、デッサンを加え絵も描き、色々な続きの物語・エッセイを書き、9年を迎えた。

デッサンも使い切り、残り少なくなり、絵も残数が少なくなった。

ある人から「画集を作れば」と言われその気になったが、サンプルが出来上がった時に断念した。

理由は何にか昔の物のように感じたからだ。

ここ1年、棚の隅に置いてある中途半端な画集は、きっと出来上ることなくずっとそのままでいるのだろう。

今年の7月でこのブログを終了し、何か新しい表現が出来ないものかと考えている。

1年近くも、絵を描くこともデッサンすることも休んでいる。

文章を書いても、昔のことを繰り返している。

新しい何かとは何だろう。

このようにブログで「ぶつぶつ」言っていても、新しい物は何も出て来ない。

じっと静かにそれから先のことは考えず、成り行きに任せて生きて行くのも良いかもしれない。

昨年コケた時に痛めた手が今でも治らず、原稿1つ書くのがやっとだ。

デッサンは最近鉛筆を2Bから3Bに変え、筆圧をあまり加えないで書くようにした。

たぶん筋力も落ちてしまったのでろう。

さて、それから先の事は考えずにいよう。

きっと何かを見て「ハッ」として思いつくかも。

2017年3月27日 (月)

変化する日々

しばらく俗世間と離れていて街に出ると、変化に驚く。

何と街で歯ブラシをして居る人を見かけた。

特にゴシゴシしているわけではないが、しばらくよく見ていると

歯ブラシを口から外し・・・何と白い煙を口から吐いているではないですか。

これは新しいパイプかと思い、その方に聞いてみると、新型タバコらしい。

名称は聞いたけど忘れてしまった。果たして旨いのだろうか?

まあ街に出ると単行本のような携帯を眺め、イヤホーンを両耳に付けて歩いている人がいるが

危なくはないのだろうか?

人の心配等しないで自分は?というと、携帯電話は家に置き去りで留守番している。

これが本当の留守番電話だ。

何度も書くけど、家にはPCもラジオもCDもテレビも何もない。

情報はどこからも取れないし、新聞も取っていない。

だから街に出ると驚くのだ。

その自分の驚きを人に聞いて見て、時代の流れを感じ取っているのだ。

だから僕の頭の中は人から聞いて教わったことしか入っていない。

つまり自分というのは何もない。

本当にこれで良いのだろうか・・・。

これから数年経ち、時代から取り残され、機械を触ることもせず、ただ絵を描き、

バイク(自転車)に乗って、そして大昔の戦闘機乗りが被っている革の帽子と革縁のゴーグルを掛け

マニュアルのオープンエアーの車を乗り続けるのだろうか。

ナビはもう十数年経って機種が無いので取り換えることも出来ず、本当に道無き道を走っている。

だから道を知っている所に行く時は、ナビは消されて黒い画面になっている。

もちろん相変わらずラジオもかけていない。

エンジン音が良い友達だ。

2017年3月20日 (月)

背広

「僕のスタンダード」で、服をハンガーに着せても、スーツは別として

その組み合せを着たことが無い。

スーツと言うのは背広(セビロ)とも言う。

セビロと言う言葉は、ロンドンの仕立屋街の「セビルロー」から来ていると誰かが言っていたが本当だろうか。

小学館から出ている服部晋氏の「洋服の話」を見てみると、その語源は「セビルロー」からでもあるという。

服部氏の言うことも正しい気がする。

つまり、このようなことだ。

宮内庁でモーニングが通常服であり、昔の役人は常にモーニングであった。

モーニングの背巾の狭い布地を何枚も繋ぎ合せて作り、背広は左右各1枚の布で出来ている。

故、背の幅が広い。そこから生まれたのが「背広」だと言う。

このように、自分の頭の中に「何故背広だろう、不思議な名称だな」と思って、人に聞くと

「セビルロー」からきた言葉と言われるし・・・。

どうもアメリカン波止場がメリケン波止場と「ア」の発音が聞き取れなくてメリケン・・・。

これはナットクであるが、背広(せびろ)も不思議な言葉だ。

2017年3月13日 (月)

近くに旨いレストランが無くなる時

レストランは近くに「和、洋、中」と欲しい。

「洋」の中には仏国料理と伊丹利料理が必要であり、昨年伊丹利料理が無くなった。

これはショックであった。もっと前は仏国料理が無くなり・・・。

もうどうしてよいか分からない。

あの、伊丹利料理のラビヨリ、ニョッキ、平打ち手打ちパスタ、大と中、1.8mm太麺パスタ、

ペンネアラビアータ、スパゲッティー ア ラ グー ビスマルク、

スパゲッティーアールブーロ、ボンゴレビアンコ、バジーレの冷製パスタ・・・。

料理に春夏秋冬があり、冷製パスタは夏の物だった。バジリコ、ポモドーロ、モッツァレラ。

それを食べる為に、麻のスーツ・麻のシャツを作ったのに・・・。

そのレストランが無くなってから他の店を探したのだが、どうも自分に合った所がない。

遠くに行けばあるのだろうが、条件が家の近くとなると難しい。むろん値段にもよる。

その無くなったレストランは10年近く通った・・・。

どこかに無いだろうか。近くにあると便利だよね・・・。

便利性から言うとコンビニエンスストアーだが、

1人コンビニエンスで食事を買い、1人杯を傾け食事をするほど空しいものはない。

ちょっと着替えて、ちょっとそこまで・・・。